就職の神様 – Career-sector Buddha

就職の神様 – Career-sector Buddha

IMG_20170816_141812仕事がなくなると、いつも助けてくれるおじさんがいる。いつから私のそばにいてくれたのだろう。よくよく考えてみれば、学校を卒業して以来ずっと、陰ながら私の就職活動を支え続けてくれたのかもしれない。おじさんと直接話をしたことはないので、ずっと後になるまでその存在に気づかなかった。

最初にあれ?と思ったのは出産後、仕事に復帰した時だ。子供が10か月になった頃だろうか。スマホが登場する前、「そろそろ仕事でも探そうかな」と、それこそ10か月ぶりにパソコンでネット検索してみると、私のためにあるような仕事の求人が目に入った。試験を受けて面接に呼ばれ、その大手金融機関に足を踏み入れると、私は胸を躍らせた。「こんなカッコいい会社で働いてみたい!」私のピュアな強い憧れの気持ちを、採用担当者ではない別の何かが、受け止めたのを感じた。ドアがサーッと開くように採用が決まり、私のキャリアは前進した。

数年後、その会社を辞めてぼんやりしていると、ふと美術館のガイドの募集が目に入った。募集は数年に一度、一年間の研修があり、競争率も高いそうだが、今回もトントン拍子で話が決まった。ニューヨークに来て間もない頃、その世界最大級の美術館で日本人のガイドに接した時、「何て素敵な!いつか自分も出来ないものか」と、一瞬だが強く念じたのを思い出した。

その後、生活が一変し、子育てをしながら自活の道を探すようになると、いつからか、大変に焦った感じの何かが、私の身を猛烈に案じ、慌てふためいている気配を感じるようになった。「ちょっと懐がさびしくなってきたかな」といった思いが脳裏をかすめるだけで、その気配は大きく動揺する。そして、大抵その24時間以内に何らかの仕事の話が舞い込むのだ。

その存在に気づき、意識を集中してみると、それは、私とは住む時代も土地も異なる、西日本のどこかの方言を話すおじさんのように感じられた。私たちのコミュニケーションは俄かに濃くなり始めた。

おじさんは大変に感度が良く、私の心の声を瞬時にとらえてしまう。だから、仕事に関して何か心に浮かべるのは危険だ。おじさんは大変にせっかちで早とちりであるため、こちらの気持ちがはっきりする前に仕事を持ってきてしまうことも多々ある。それで随分失敗した。不用意に「これかな?」などと思ったりしてはいけない。よく考えたら通勤が大変だったとか、自分がやりたいこととは違ったとか、そういうのは通用しないからだ。感度が良すぎる割に人の話をきちんと聞こうとしない。おじさんと会話は出来ない。極めて一方的だ。

その割に、おじさんは私のことを無性に心配している。何でそんなに気にかけてくれて、助けてくれるのだろう。亡くなった祖父なのだろうかと思ったこともあるが、実家は曾祖父の代から東京であるし、祖父はもっとこう迫力のある、どっしりとした人だった。いったい誰なのだろう。

それから更に数年が経ち、おじさんの声はしばらく聞いていない。「大丈夫だから心配しないでね」私は見えないおじさんに話しかける。

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