This is a recording of me singing “Hamabe no uta” composed by Tamezo Narita (lyrics by Kokei Hayashi) in 1916, accompanied by a great pianist and wonderful friend, Toshiko Jones. Hope you enjoy…
Author: tomokopera
出船 Defune
This is my second (or third!) recording of “Defune” by H. Sugiyama, a Japanese popular song c. 1922, this time using Zoom H6 Audio Recorder. Piano by Naoko Aita. Lyrics translated into English by me. Hope you enjoy!
さくら横丁 Sakura Yokocho
This is my second recording of “Sakura Yokocho” by Japanese composer Yoshinao Nakada.
Sung and translated into English by Tomoko Nago with piano accompaniment by Toshiko Jones
spring night
when cherry trees blossom
flowers everywhere
cherry street
I remember the love of yesterday
you are no longer here
always queen of the flowers,
smiling in the home of dreams
(refrain)
the time will never come
to see you again
“how have you been,
it has been so long”
I know there is no use to talk this way,
I may as well look at the flowers
(refrain)
春の宵 さくらが咲くと
花ばかり さくら横ちょう
想出す 恋の昨日
君はもうこゝにゐないと
あゝ いつも 花の女王
ほゝえんだ夢のふるさと
春の宵 さくらが咲くと
花ばかり さくら横ちょう
会い見るの時はなかろう
「その後どう」「しばらくねえ」と
言ったってはぢまらないと
心得て花でも見よう
春の宵 さくらが咲くと
花ばかり さくら横ちょう
Bellini “Vaga luna che inargenti”
This is a video clip of me practicing “Vaga luna che inargenti” by Vincenzo Bellini a cappella with Japanese subtitle.
“Cruda sorte” (from “L’Italiana in Algeri”)
さくら横丁 Sakura Yokocho
さくら横丁(中田喜直作曲)Sakura Yokocho by Yoshinao Nakada
Written in 1962 by Japanese composer Yoshinao Nakada
Sung by Tomoko Nago with piano accompaniment by Naoko Aita
Below is the lyric translated to English by Tomoko Nago
spring night
when cherry trees blossom
flowers everywhere
cherry streetI remember the love of yesterday
you are no longer herealways queen of the flowers,
smiling in the home of dreamsspring night
when cherry trees blossom
flowers everywhere
cherry streetthe time will never come
to see you again
“how have you been,
it has been so long”I know there is no use to talk this way,
I may as well look at the flowersspring night
when cherry trees blossom
flowers everywhere
cherry street
片づけの神様 Decluttering Buddha
先月末に仕事が一段落して以来、家の片づけに熱中している。物が減り、アパートが本来のスペースを取り戻すにつれ、小物たちの居場所も変わっていく。本棚を守っていたカバがテレビ台に移り、窓際でくつろいでいた牛やヤギたちが撤退した。
作業を進めるうちに、ある置き物が私の注意を引き始めた。
それは、昨年末にブライアントパークの出店で買った布袋様のような風体の小さな石の像で、良いんだか何だか、好きなのかどうなのかもよく分からずに持っていたものだ。姿かたちは悪くないのだが、背後に後光のような国籍不明のひらひらが付いている。布袋様に後光はないのでは?そして、ぽっちゃりした体の割に厚みがなく、ペラッペラに薄い。何か中途半端だ。
私の寝室には、天使とネパール製の小さなお釈迦様を飾った、ちょっとした神聖なスポットがある。はじめ布袋様もそこに置いてみたのだが、何故かまったくしっくりこない。周囲から浮いているというか、違和感が強い。何となく、お釈迦様が嫌がっているような気がしたので、このフュージョンの布袋様はリビングルームに移すことにした。心なしか嬉しそうだ。お釈迦様たちも、元の静謐な世界が戻ってほっとしたように見えた。
取り敢えず本棚に無造作に置いていたが、コーヒーテーブルに移し、窓際に移し、としているうちに、布袋様は暖炉の上の小高いスポットにしっくり収まった。小さな置き物にとり、我が家で最高の場所ではないだろうか。特に気に入って、大切に飾ろうとしたのではない。正直言って処分しようとさえ思っていたのに、今やそれは出来ない威厳を放っている。特別な才能があるわけではなく、強い個性が時に不調和を生みながらも、場所を変え、時流に乗り、すいすい出世していった感がある。人の運について考える。
以来、リビングルームの雰囲気が明るく、やわらかくなった気がする。布袋様のおかげだろうか。
ヘンゼルとグレーテル Hänsel und Gretel
先月は、ドイツの作曲家フンパーディンクのオペラ「ヘンゼルとグレーテル」でヘンゼルを歌った。原作はグリム童話で、メロディーも耳に馴染みやすく、大人も子供も楽しめるオペラとされている。
冒頭でグレーテルが歌うドイツ民謡 ”Suse, liebe suse” を始め、全編を通じてメロディーがキャッチーなのだが、これは楽勝とぬか喜びしてはいけない。フンパーディンクはワーグナーの弟子だったそうで、オーケストラ(ここでは演奏会形式なのでピアノ伴奏)が恐ろしく込み入っていて、これに合わせて歌うのが至難の業だ。美しくはあるものの、この重厚な音楽を本当に子供が楽しんでいるのだろうか。

また、コンサートは1月だったのだが、友人に「それは変だろう。クリスマスにやらないのは」と言われてふと考えた。なぜ欧米では、このオペラがクリスマスの定番となっているのだろう。物語にはクリスマスを匂わせる要素はない。ヘンゼルとグレーテルがお母さんに叱られて苺を摘みに森に出かけたり、そこで妖精に砂をかけられてそのまま眠ってしまったりと、どちらかというと、暖かい季節の設定なのではないか。ジンジャーブレッドが出てくるからなのか、日本人の私には分からない。
ヘンゼルは、モーツァルト作曲「フィガロの結婚」の少年ケルビーノと並んでズボン役(男装する女性歌手の役柄)の定番で、私の声を聞いた人は大抵、「あなたパンツでしょ?」、「ケルビーノでしょ?」と決め込んで永遠にそのままにする。そういうわけでヘンゼルはもう何度も歌っており、「ヘンゼルとグレーテル」というだけあって、これは主役級なのだから、しっかりやらねばと、いつも頑張ってきた。だが、今回、私は重大な事実に気がついた。
ヘンゼルにアリアがないことは知っていた。「ヘンゼルにアリアがないのは不公平だよね」と言われても、「そうかもしれないけれど、これだけ出ずっぱりで歌ってるメインの役なんだから」と気にしていなかった。しかし、コンサートの後で前述の友人に出来を尋ねてみると、どうもはっきりと返事をしない。よくよく聞いてみると、「君はちょこちょこ歌って、長い時間歌わないから、声がどうとかはよく分からない」と言うではないか。あんた何言ってんのよ、ヘンゼルよ、主役よ、と言いながらふと再考した。
ヘンゼルにアリアがないのは良いとしても、問題なのは、ヘンゼルにだけアリアがないということなのではないか。苺を探しに出かけた(退場した)後、お父さんとお母さんがああじゃない、こうじゃないと、それぞれ随分長いこと歌っている。その後、ザントマン(眠りの精)と露の精がアリアを歌った後、魔女の独壇場となる。ああ、これだけ頑張っていたのに、ソロがないのは私だけだったとは。これは随分と不公平ではないか。ピエロではないか。私は愕然とした。
とは言え、無事に終わったからもう大丈夫。デュエットは楽しかったし。次に進もう。
出船 Defune by Haseo Sugiyama
Updated Video Defune Japanese Song
Japanese pre-war popular song c1922. Interestingly the original recording of this song was produced in the United States.
English Translation by Tomoko Nago
Is the ship leaving tonight?
It is sad to see you go.
Snow is falling between the dark waves.
Though I do not see the ship yet, birds are singing a song of farewell
Is the horn sounding the departure
Please write to me when you arrive safely.
I will read the letter through my tears, in the sad dim flickering light.
出船 Defune by Haseo Sugiyama
Japanese pre-war popular song c1922. Interestingly the original recording of this song was produced in the United States.